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ガチャガチャと音を立てストレッチャーが薄暗い廊下を走っていく。
その上に横たわった体には白いシーツがかけられているが、それには血が点々と赤黒い染みを作っている。
数人掛かりで足早に引いた先には大きな研究室が待っていた。
しかしその折角の大きさも詰め込まれた機材の山の所為ですっかり窮屈なものになっていた。
そのわずかに残ったスペースの中にストレッチャーを運び込むと男達は急いでシーツの下の人影に機材から引っ張り出した管を繋いでいった。
輸血と思われる赤い液体から黄緑色の毒々しい液体まで、大急ぎで管を通って体内に侵入していく。
同時に幾つかの管は得られた情報をこの部屋の隅を埋めている計器類へ送っているようだった。
何人かがシーツの下の体を見る中、手の空いた者は計器の前で脳波や心拍数を確認している。
全員が慌ただしく動いているとドアを開けて二人、新たに入ってきた。
その内、額に多量の汗を浮かべた御子柴は目の前で動く者を無理矢理にかきわけ計器に跳びついた。
同じく入ってきた『大使』の方はそんな彼に目もくれず部屋の中央に置かれたストレッチャーへ近づいていった。
「それで、本郷君は生きているのかね?」
『大使』はシーツを捲り、その中を覗き込みながら聞いた。
既に処置を始めていた職員は目の前の人物にやや震えた声で答えた。
「瀕死状態ですがこのまま処置すれば<S.M.R>の再生能力なら十分に蘇生は可能です。吹き飛んだ部分も後3時間もすれば元通りに復元するでしょう」
「結構。<S.M.R>の機密情報はまだまだ他所からも興味の的だ。宜しく頼むよ」
返答に『大使』は顎を一撫でして再びシーツをかけ直した。
「ところで『<トカゲロン>』はどうしている?」
「現在研究棟で調整中です。体内に爆弾を補充する必要が有りますが、それを除けば何時でも戦闘可能です」
『大使』はふむ、と呟きながら汗が滲んだ首筋を掻いた。
「本郷君が生きているとなれば<アンチショッカー同盟>が取り返しに攻め込んでくる可能性も有る。防衛戦力は多いに越したことは無いからね」
その言葉に御子柴は思わず眉を顰めた。
「……攻めて、来るんでしょうか? この規模の基地でも侵攻するなら相応の被害が出ると思いますが……」
「あくまで可能性の話だよ、向こうがもう本郷君に用済みならそれでも良いんだ。 わしらに損は無いし、そもそも向こうも大規模な被害は望んでいないだろうしね」
だがしかし、と『大使』はそこで言葉を区切り、シーツごしに<仮面ライダー>に手を置くと、
「もし本郷君の為に大部隊で来られたらこの基地の戦力では守りきれないだろうね」
そう呟く『大使』の下で、<仮面ライダー>の体はわずかに蠢いた。






そしてこの展開は<大使>の予定通りだったのか、それとも既に情報が入っていたのかはわからないが、『アンチショッカー同盟』の方では既に戦力が集結しつつあった。
滝一也を先頭に、弾薬庫代わりに使われていたこの港の倉庫一角には更に他所からも戦闘車両や歩兵、各種装備が続々と集まって来ている。
しかし、そこに割って入ってくる一台のセンチュリーが有った。
田中二郎だ。
この事態にも落ち着き払ったいつもの顔を浮かべ彼はセンチュリーを降りると一直線に滝へと歩いてきた。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
滝の前に立つ田中二郎は微笑とも取れる表情でそう問いかけた。
「誰の命令で動いているのね、わしは何も知らないんだが、装備を掻き集めて何をする気だ?」
その言葉に滝がおずおずと答えようとすると、それを遮り田中二郎が更に続けた。
「言わなくてもわかるよ、本郷君を救出するつもりだな?しかし上がそれを認めるとでも?場合によっては大損害がでるかもしれないのに」
「本郷はまだ生きています。捕えられているのは規模の小さい基地ですが、それでも助けるには戦力が要ります」
「<仮面ライダー>は負けた。今度の新怪人に手も足も出なかったと聞いてスポンサーからは商品価値が薄れたと思われてる。今現場が勝手なことをして損害を出せば彼らまで失う事になるんだぞ」
呟いた田中二郎に対し、滝は冷や汗をかきつつ答えた。
「<アンチショッカー同盟>はスポンサーの広告では有りません。あくまでショッカ―を倒す事が目的のはずです」
そう言われて田中二郎は困った様な笑いを作った。
それ以外は特に感情の起伏を見せず、答える。
「あまり口外は出来ないが、それこそ建前だよ。 組織の実際の所は君だってよくわかっているだろうし、ここにいる全員もそれを承知で今まで働いてきたのではないのかね?」
滝はその言葉に顔がわずかに厚くなるのを感じた。
そしていつの間にか、ふたりのやりとりに周りの視線がどんどん集まってきていた。
「本当の所、単純にショッカーを倒すよりも我々自身の利益を守る方が大事だ、利益を守らなければ組織は成り立たない」
「……確かにそうです、でも上の方の利益は俺達には関係有りません」
滝は一歩詰め寄ると、続けた。
「失業する事くらいはわかってます。しかしそういう損得抜きに何とかしたいんです」
自分を睨み付ける滝を田中二郎はじっと見ている。すると、横から声が割って入ってきた。
「滝さんだけではありませんよ。皆さん、本郷さんを助けたい気持ちで集まってきているんです。 それを無にする事は、例え<アンチショッカー同盟>の総意でも出来ませんよ」
田中二郎が振り返ると、声の主は緑川ルリ子だった。
その背に多くのトラックを引き連れてきた彼女は田中二郎に語る。
「ここに居る皆さんは今、金銭や名誉よりも大事な物を感じているんです。その為に命だって投げ出せるんです」
「それが本郷猛だと?」
西原の言葉にルリ子は小さく頷いた。
「随分早い対応ですね、連絡が届いても支援は期待できないと思っていましたが」
「藤兵衛さんが早馬で知らせてくださったのでその分対応に時間が取れましたから。それに本郷さんの事と有っては私としても他人事では有りませんし」
彼女の隣を抜けて、美代子が歩いてきた。
その手には丸められた紙が握られている。
「今度の基地の見取り図と配置されている改造人間の数と種類を調べておきました。必要になると思いまして」
「……助かります」
「いえ、本郷さんの為ならば多少の無理は当然です。 ですがやるからには必ず本郷さんを連れ帰って来てくださいね?」
深々と頭を下げた美代子に滝は頷く。
その隣に今度は藤兵衛が来て、銀色のジェラルミンケースを滝の方へ差し出した。
「頼まれていた複製品だ。テストもまだだが、何とか動作すると思う」
滝はそれを受け取ると横で立つ田中二郎へと振り向き、
「そういう事です。反対されても俺達は行きます」
その言葉に続く様にその場にいた全員が、作業を止めて田中二郎へと視線を向けた。
田中二郎は俯き、少しだけ考えをめぐらせると、踵を返した。
「……わかった。そういう事なら仕方有るまい」
それだけ言い残すとセンチュリーはそこを去って行った。
見送る滝にルリ子が、
「本郷さんを、お願いします」
それに滝は再び大きく頷いた。






襲撃の決行はその日の深夜に決まった。
救命処置が完了してより警備の厳しい基地へ連れ込まれたらもう救出は難しくなる。
今居る場所は研究設備はそこそこ充実しているが、規模は小さく警備の数も知れている。
更にその日は夜から雨が降る事で襲撃するには好条件である事も重なった。
この時の為に集まった人員は70人余りの大所帯となっていた。
作戦ではそのほとんどを陽動に使い、その間に滝を中心とした少数の部隊が進入する事になっている。
そして滝は今、しきりに自らの時計を確認し、作戦の開始を待っていた。
開始までもう3分を切っている。
目の前には山奥の中にこじんまりと佇むコンクリート造りの施設が鎮座している。
表向きは発電所としてカモフラージュされたアジトだ。
見た目は発電所としてはごく小さなものだが、実際は地下に何層にも渡る研究施設が有る。
もう間もなく突入とあって滝の周りでもピリピリした空気が立ち込めていた。
そしてややあって作戦決行の時間を時計の針が指す。
その更に後で深夜の山奥に銃声が響いた。
正面から向かった陽動部隊が防衛用の改造人間と交戦を始めた証拠だ。
それに応じる様に滝達も一気に駆け出した。
先頭の滝に続くのは5人。
施設を囲む金網に素早く穴を穿つと、素早く潜り抜けた。
肩にかけた自動小銃が揺れる。
降り始めたばかりの小雨でぬかるむ地面を全速力で駆け抜けるとシャッターの降りた物資搬入用の入り口が見えてきた。
幸か不幸かその前には見回りの人間が居たが、構わずその前に躍り出る。滝自身あまりスマートなやり方では無いと思いつつ、自動小銃を抜くと、引き金を引いた。
それとほぼ同時に、左右に来ていた仲間も射撃を開始する。
怪人を予想していたが、その反応から生身の人間だったようだ。
体中を穴だらけにされて崩れ落ちる。
潰れた果実の様に血を滴らせるその死体はまだ残った眼球で目の前を見ている。
滝は構わず搬入口に近づくと腰に止めておいた爆弾を要領良くそこに取り付けていく。
設置の完了を確認し、離れた後に起爆させれば、もうそこには入り口がぽっかりと口を開けていた。
この進入もすぐに相手に知られる事だろう、それで本郷を運ばれると救出が困難になると思い、滝は手にある自動小銃の弾層を特別な物に換え、急いだ。
施設に入ってみると深夜という事もあり人の姿は無かった。
ただし通路を進めばやはり迎撃用の怪人が滝達を待ち構えていた。
それに目掛けて滝は先ほど交換しておいた対怪人用の麻酔弾を放った。
現行の兵器で怪人達を多く殲滅する事は難しいが眠らせるだけならそれほど難しいことではない。
今使っている弾一発で象も眠る強力な品物だ。
あくまで基地の壊滅が目的で無い以上あまり怪人達に構っていられない。
本郷の居る医療施設はここからエレベーターを使えればすぐだ。
地下へのエレベーターのセキュリティを外す事はそう時間はかからなかった。
その辺りは事前に仕入れておいた情報のおかげだと言えるが、そこから更に廊下を行かなければならない。
しかしエレベーターを降りた時点でその場の全員が嫌な予感を感じていた。
「……人気が無さ過ぎるな……」
規模が小さいとは言え研究室が並ぶこの辺りに怪人がいないのはおかしい。
透明になって何処にでも隠れられるカメレオン男が潜んでいないか一応熱探知で調べても見たがその気配も無い。これではまるで、
(人払いしたみたいだな……)
そんな事をする理由が有るとすれば罠を張って一網打尽にする気か、あるいは、
(既に重要な物は運び出した後か)
最悪の事態が一瞬脳裏を横切るが、それは考えにくかった。
この施設から何か運び出されればすぐにわかる様に網は張られていた。
「罠でも、どうせ行くしか無い」
そう思い立つと後ろの仲間に合図を送った。
それに応じて一気に廊下を走る。
問題の研究室まではこの先に有る二つの扉の鍵を解除すれば直ぐだ。
そしてそれさえも非常にスムーズに行った事に滝は更に不信感を強めた。
目的の研究室の前に辿り着き、後続の仲間も到着した事を確認すると突入の準備を済ませる。
まだ十分な弾数が残っている事を調べた後にドアを開け、中に銃口を向けた。
すると、それに応じる様に中から数体分の影が飛び出してきた。
滝がそれを蜥蜴男だと認識できたのは、掴みかかられて後ろの壁にまで押された後だった。
肩にかかった手が強烈に締め上げ、鋭い爪が肩の肉に食い込んでくる。
太く、固い物が肉を掻き分け、更に奥に入ってくる感触に激痛を覚え、顔が歪む。
しかし、その蜥蜴男の体から急にストンと力が抜けた。
「大丈夫ですか、滝さん」
苦痛に喘ぐ自分によりかかる巨体の向こうで銃口がこちらを向いていた。
こちらを覗き込んでいた隊員の一人が握ったまま固まっている蜥蜴男の指を一つ一つ外して行く。
その間にも病室に他の仲間がもう病室に踏み込んでいた。
床には他にも待ち構えていた怪人が倒れている。
彼らを掻き分けて滝は寝台の上に横になっている人影を見る。
「本郷…」
人間の姿に戻っている本郷には特に外傷は見受けられない。
新しく出来た顔面の皮膚等が薄紅色に色づいていた。
「滝さん、早く脱出しましょう」
廊下を見張る仲間から声がかかった。
滝はまだ力が上手く入らない手で本郷を担ごうとする。
重量を感じるが、しかし支えられないわけではない、そう感じて滝は体に力を入れる。
「よし、作戦は成功だ。撤収するぞ」
滝の声に続いて、全員が来た道を戻ろうと駆け出した。
廊下には彼らの靴が立てる乾いた音しかしていない。
しかしもたもたとはしていられない。大部分の戦力を陽動部隊に割かれても、敵が基地内部に侵入したならそちらに優先して駆けつけてくるだろう。
接近してくる足音が無いなら早めに脱出するに越したことは無い。最も、一部の怪人なら足音はおろか姿も見せず接近することは可能だが。
そういう事情も有り、全員疲労とは別の種類の汗をかいている。
実は自分達は敵地深くに誘い込まれるだけ誘い込まれた間抜けではないのか、と。
その彼らの予想に反して、来た道はあっという間に戻ることが出来た。
地上に出て窓から別棟を覗くともう仲間がかなり侵入して激しく交戦している様だった。
しかし最初に比べ銃声が減ったような気もする。それは滝の予想より幾分早い反応だ。
待ち伏せも無いまま入ってきたゲートを無事に潜り抜けられた時には誰もが胸を撫で下ろした。
「滝さん、そろそろ代わりましょう。貴方一人でも運べるでしょうが、分担した方が負担も軽いし早く行ける」
そう言ってきたのは先程滝を助けた彼より一回り大きい男の兵士だった。
頭髪はおろか眉まで綺麗に剃られた痩せた顔が強い威圧感を放っている。
体力的には問題無かったが、撤退の迅速さを考え滝は止む追えず相手の銃を受け取り、代わりに背負った本郷を向こうに背中へ移した。
これから来た坂道を走らなければならない、しかも雨で湿った地面で余計に疲労する事は目に見えている。
滝一人で抱えて体力を消耗すればいずれは遅れてしまうだろう。
そしてスキンヘッドの兵士は本郷の体をひょいと担ぎ上げるとぐちゃぐちゃになった地面を昇って行った。
少し疲労感の残る腰を一度捻り、滝もそれに続いて走り出す。
手の空いた自分はまず他の仲間に撤退を伝えなくては、と通信機を取る。
生い茂った木を掻き分けながら、滝は雨の勢いが増した事を考えていた。
「……それで、これで良かったんですか?」
施設の影に隠れるように滝達を見送った御子柴は傍らで双眼鏡を構える大使に問う。
「確かに<アンチショッカ―同盟>の目的が<S.M.R>なら目的が済めば後は基地を放置して撤退する可能性は高いですよ。防衛戦力が全く見られなかったら逆に不安がって施設の破壊も忘れて帰るかもしれません。しかし、折角捕獲できたものを」
黒の雨合羽を着た大使はその御子柴の質問に至って冷静に答えた。
「確かに<S.M.R>の機密は欲しいが、もう十分データは取れたとも言える。その時点で重要性は薄れるんだ、<トカゲロン>が<S.M.R>より優秀なら尚更ね。それに、仮に救出してもまた<トカゲロン>で捕獲すれば良い、とわしだけで無く思っているわけだ」
「<トカゲロン>は戦闘用で、しかも精密な動きの出来る改造人間ではありません、今度はサンプルにもならないほど破壊されるかも」
「それなら余計に<S.M.R>に必要は無いな。<トカゲロン>を越えられない機密ならね、<トカゲロン>でなくとも他の新怪人が抜いて行くだろう」
そして<大使>は去っていく滝達を双眼鏡で覗きながら、
「さて、本郷君はどうするのかな?」






山道を昇ると撤退する為に放置しておいたトラックが見えた。
ドロドロに柔らかくなった地面と、滑る草むらに苦労しながら、ようやくたどり着いて全員がほっと胸をなでおろす。
一人が運転席まで行ってエンジンをかける。
雨音を消すほどに、大きくエンジンが鳴った為か、それまで眠っていた本郷の体がわずかに動いた。
それを見た滝が近づく。
「本郷、気が付いたか?」
まだ意識を失っているかと思われたが、滝の言葉に本郷は重たい瞼をゆっくりと上へ開けた。
そして気だるそうに声が漏れる。
「……滝か?俺はどれだけ眠っていた……?」
「話せば長いが、とりあえず今は撤退する最中だ。この先に止めてあるトラックでこのまま脱出する」
そのままスキンヘッドが本郷をコンテナまで運ぼうとすると、
「もう大丈夫だ。体の調子だが、何だか凄く良いんだ」
そう言われてゆっくりと本郷の体をガードーレールに座らせた。
シーツをそのまま巻いただけの姿はこの雨では凍えそうな印象を受けるが、しかし本郷は構わずすっと立ちあがり今の体の具合を確認する様に大きく伸びをすると、あちこちを捻ったり曲げたり動かした。
「おいおい、まだあんまり動かない方が良いぜ?」
「いや、傷ならまったく問題無い、まだ重たい感触はするが、すぐにでも戦えそうなくらいだ」
そんな本郷の様子を見て、滝は肩を竦めた。
「それはきっとショッカーの治療のおかげだな。悔しいが改造人間の技術に関しては向こうの方がまだまだずっと先を行っているようだ」
「…ショッカー? 何だか知らないが、俺の眠っている間に随分色々有ったようだな」
「後でゆっくり話してやるよ、失業記念ついでにな」
そう言うと滝は本郷にトラックのコンテナを指す。
しかし、トラックへ向かおうとする滝の肩を別のコマンドが掴んだ。
振り返る滝だったが、荷台の上から覗く尻尾に気づいた。
ぬっ、と伸びたそれに麻酔弾が間髪入れずに打ち込まれた。
その感触にくすぐったそうに尻尾が引っ込んだ。
「先回りされていたのか……」
誰かの言葉に続いて、コンテナの上から<トカゲロン>が飛び出してきた。
その場の全員の頭上を抜けて、濡れたアスファルトの上に着地する。
麻酔の効果など気にも留めず、平然と動いているその姿に本郷が近づこうとするが、それをさっきのスキンヘッドが制した。
「本郷さん。 あんたの事だ、多分逃げろと言っても戦うだろうからそれを着な。一応持ってきておいた戦闘服だ」
そういうと銃を敵に向けた。
壁を背に立つ<トカゲロン>に対し、五人がかりで取り囲む布陣だ。
そして一度目の銃声と共に、滝は本郷を荷台の中へ引っ張る。
「とにかく、皆が時間稼ぎしてくれている内に着替えるんだ。 生身で戦うよりはずっとマシだ」
滝は大慌てで仮面の入った箱を探す。
荷物の下に埋もれるように置いてあった銀色のジェラルミンケースを見つける頃には本郷は後はブーツと手袋を残すのみの状態だった。
「今まで使ってたのは壊れちまったからな。こいつは精巧に作ったあんたの仮面のレプリカだ。前々からこういう時に備えてルリ子さんに研究してもらってたものだが、まだテストもしていない。<サイクロン>と上手く同調出来るかどうか…」
そう言われて渡された物は見た目だけは昨日まで自分が使っていたものとほぼ同じに見える。
目立つ変更はその色が濃い緑から青味がかった銀に変わった事だ。
そして今着ているスーツも、手袋が緑から銀に変えられている。
本郷は迷わずそれを被ると、クラッシャーを押し上げた。
「―――ッ!」
同調の開始に鋭い痛みが走った。
思わず上げた声に滝が肩に触れるが、本郷は仮面越しに笑って見せた。
出だし以外には今までと変わらないと感じた本郷はトラックから飛び出して行く。
その背中に滝が最後の言葉を発した。
「<サイクロン>は念の為にここからすぐ近くまで別の事で動いてる部隊に運んできてもらってある。あんたの意志が届けばすぐにでも走ってくる」
滝の言葉に本郷、いや<仮面ライダー>は答えなかった。
その間も彼の視線は目の前の敵を凝視している。
彼の見つめる先に立つ<トカゲロン>は既に自分に挑んだ人間を全て始末した後だった。
「……………」
<トカゲロン>は黙ったまま、手に掴んだ死体を捨てると<仮面ライダー>に近づいてくる。
(くそッ……!)
<仮面ライダー>はその惨劇の跡に毒づいた。
トラックに入り着替えるものの数分の間に<トカゲロン>は5人の人間を殺してしまったのだ。
その5人とも全員が今日まで自分を鍛えに鍛え、改造人間との闘いも潜り抜けて来たメンバーである。
更に数の利も有るこの状況で一人を相手にあっという間に全滅するのは考えられない事だ。
死体の近くには実弾の入っていた弾層も空になって落ちており、それが命中した証拠に<トカゲロン>の体にも小さな丸い傷が見えるが、それにももう新しい皮膚が形成されていた。
完全に回復した<トカゲロン>は、こうしている間にもゆっくりと<仮面ライダー>に迫ってくる。
改めてみるとその巨体には圧倒されてしまう。
相手に近づき過ぎないように<仮面ライダー>もゆっくりと横に歩きながら今の距離を維持する。
3メートル弱のこの距離は、相手が手を伸ばしても逃れられ、また持ち前の俊敏さで懐に入り込める、そういう攻めるにも退くにも丁度良い距離だ。
相手から攻め込んでくる気配も無く、そのまま<仮面ライダー>は時が過ぎるのを待った。
その時間は<仮面ライダー>の研ぎ澄まされた感覚には五分ほどにも感じたが実際のところはその半分にも満たない。
その時間を使って<サイクロン>が無人の状態で<仮面ライダー>へと駆けつけてきた。
<トカゲロン>もその接近に気づき、それをきっかけに<仮面ライダー>に跳びかかった。
その動きは冷静に見れば十分対応な動きだった。
すぐさま横に跳び、代わりに拳を一発<トカゲロン>の横顔にお見舞いする。
完全に無防備だった<トカゲロン>はガードレールに突っ込み、<仮面ライダー>はパンチの反動でそのまま<サイクロン>の走ってくる軌道へ。
走ってくる<サイクロン>のハンドルを握ると、そのまま道路を駈けて行く。
<サイクロン>に跨った<仮面ライダー>はまず、自分と愛車の同調が問題無い事を確認する。
以前に比べ、自分の意志への反応が一瞬遅れているような気になるが、何とかいけそうだと思う。
そしてそのまま濡れた道路を<仮面ライダー>は<サイクロン>を走らせるが、雨で湿った道路は限界速度までの加速を許してくれない。
(…来ているな)
スリップしないように慎重に走りながら、<仮面ライダー>は一度背後を振り返った。
もうさっきまで自分の居た場所は見えないが、<仮面ライダー>には<トカゲロン>が確実に迫ってきているという核心めいた物が有った。
(なまじ野生が剥き出しな分、コケにされて黙っていられないはずだ)
<サイクロン>は直線を出た時にゆっくり走る事で向こうを待ってみるが、その姿は見えない。
まったく追いついて来ないので、<仮面ライダー>は自分の方が先を走っているのだが、むしろこちらがあの野生で動く怪物に逃げられない袋小路に追い込まれているのではと錯覚さえ覚える。
「良いさ、ゆっくり追って来い。 だが、今日は俺の為に十分過ぎる犠牲が出た、死んだ皆の為にもお前はここで始末してやる」
<仮面ライダー>はそこで一度<サイクロン>を止めた。
敵の接近に何時でも対応できる様にハンドルからは手を離さず、注意深く背後の闇を凝視する。
だが、後ろには<トカゲロン>の姿はまったく確認できない。
動くものが有るとすれば隣の崖や道路、反対の土手を滑り降りる過剰に振った雨水くらいだ。
<仮面ライダー>はもう一度目を見開き闇の中を探る。と、不意に<サイクロン>の前輪が持ち上がった。
「何ィ―――!?」
突然の事にハンドルを放す間もなく、<仮面ライダー>の体が宙に浮いた。
<トカゲロン>がその並外れた腕力で<サイクロン>ごと持ち上げたのだ。
そこから機体を放り投げるまで数秒も無かった。
しかし、奇襲直後はともかく、<仮面ライダー>も冷静であった。
一瞬の間に思考を切り替え、<サイクロン>を捨てなければならないと結論付けたのだ。
空中で<サイクロン>を叩き、その勢いでシートから見事飛び出した。
そして直後、吹っ飛んだ先のガードレールに着地した。
「グッ―――?」
<トカゲロン>がそれに対処するよりも、体を重力が地に引っ張るよりも早く<仮面ライダー>はガードレールを蹴った。
それまで自分のいた場所へ一直線で向かう。
自慢の腕力に突進の勢いをプラスしたとびきりのライダーパンチが放った。
ぐちゃり、と不気味な音が鳴り、確かな手応えが有った。
<トカゲロン>のぎょろっとした大きな目に腕を打ち込み、そのまま完全に脳髄へと届いた一撃だった。
傷口から血やゼラチン質の物質が溢れて来る。
これだけのダメージ、<仮面ライダー>でなくとも即死だと考えるだろう。
だがそれでも<トカゲロン>は問題なく動いて見せた。
自分に突き刺さる腕を掴むと万力の様に強く締め上げた。
人間とは比べ物にならないほど強固なはずの<仮面ライダー>の腕が、その握力に軋みをあげた。
「くそッ!」
このままでは腕が握りつぶされると感じ、もう片方の目にもライダーパンチを横殴りに叩き込んだ。
グチャリ、とゼラチン質の目が弾ける。
立て続けに頭部を殴打する、その勢いにわずかに手の力が緩んだ瞬間、腕を引き抜いて離れることに成功した。
しかし離れた<仮面ライダー>の前で信じられない出来事が起きた。
潰した両目から肉が流れ落ち、ぽっかりと空洞が出来た。
その奥から、再び新しい眼球が出てきたのだ。
無傷、そう感じ<仮面ライダー>は構えを取った。
目の前の<トカゲロン>は全くピンピンしている。
恐らく眼球の奥まで続く傷も癒えている、そう<仮面ライダー>は直感した。
それからは両者共に静止状態が続いた。
(どうすれば倒せるんだ……)
そうこれからの攻撃を思案するライダー、対し<トカゲロン>は舌なめずりでこれから相手をどう料理するか、余裕たっぷりに考えている風だった。
脳髄を破壊しても倒れないというのは<仮面ライダー>としても全く予想外の出来事だった。
その後見た凄まじい再生力もこれまでの怪人とは一線を画すものだ。
八方塞なだけに攻撃に出ざるを得なかった。
このまま<トカゲロン>のペースに嵌まるのは確実にまずいと言い切れる。
しかし、振るったパンチは致命的なダメージを与えるに至らない。
逆に尻尾を喰らい、ライダーが吹っ飛ぶ。
道路の反対の崖に叩きつけられ、膝が地面についた。
その好機に<トカゲロン>が攻めてくる。
対してライダーは向かってくる<トカゲロン>を真っ直ぐ指差した。
続いて<トカゲロン>の背後から、さっき放り投げられたはずの<サイクロン>が飛び出してきた。
全力で走ってきた<トカゲロン>に避ける術は無い。
今度は<トカゲロン>が吹っ飛ぶ番だ。
流れが自分に来た、内心そう確信し<仮面ライダー>は立ち上がると、再び<トカゲロン>に接近する。
まだバランスを崩しよろけている<トカゲロン>に対し、下から掬い上げる様に拳で腹部を振り抜いた。
金属音が一つ、その威力に相手の体はくの字に曲がり、足が宙に浮く。
同時に<トカゲロン>からグェッ、と呻き声が聞こえた。
「―――?」
今までと明らかに違う手応えに<仮面ライダー>は思わず力を緩めた。
肉を叩く鈍い音と違い、今の一撃には固い感触と金属同士がぶつかる乾いた音が返ってきたのだ。
覗き込む様に見た<トカゲロン>は苦しそうに咳き込み、その大きく裂けた口からは唾液が吐き出されている。
その光景に最初は呆気に取られていた<仮面ライダー>だったが、相手の反応からもう一度腹部への攻撃を試そうと考えた。
膝を折り<トカゲロン>より更に状態を低くしもう一度殴るつもりだ。
その時、咳き込んでいた<トカゲロン>が口から唾液に塗れた何かを吐き出したのが見えた。
それが見えた事は<仮面ライダー>にとって幸運だった。
もしあのまま見下ろしているだけであったならそれに気づくのにわずかに遅れていただろう。
攻撃を止め、横に崩れる様にぎりぎりで回避した<仮面ライダー>の横を高速で飛んだ爆弾が通過して行った。
背後に広がる木々の間をすり抜け、爆発音が遠くから聞こえてくる。
(危なかった、今のは当たっていてもおかしくなかった…)
一度距離を取る為に立ち上がり様に飛ぶ。
濡れる道路に立ち上がると<トカゲロン>がゆっくりとした動作でこちらを睨んでくる。
「だがこいつ、ひょっとして爆弾は体内で生成しているんじゃなくて貯蓄しているのか?…今俺が腹を叩いて苦しがったのは、衝撃で中の爆弾が暴れたからか?」
一歩一歩こちらに近づいてくる<トカゲロン>はまだ小さく咳き込んでいる。
その度に流れ出す涎をその手で拭うと今度は<トカゲロン>から仕掛けてきた。
「もしそうなら体内で爆発を狙いたい所だが……」
<トカゲロン>の爪を紙一重で避け、<仮面ライダー>は正確に敵の腹部を膝をもって打ち抜く。
しかし、それは相手を下がらせるだけの効果しかない。
<サイクロン>の突撃や、パンチくらいの衝撃では起爆には至らないのは証明済みだ。
だが起爆のきっかけは間違いなく『衝撃』による物だと確信してる。
<仮面ライダー>が<サイクロン>を遠隔操縦するように、<トカゲロン>の意志で起爆できるなら今林の奥で爆発したのはおかしい。
「多分、向こうが蹴る時の衝撃で安全装置が外れるんだろうな。なら、俺にもチャンスは有る」
言うが早いか<仮面ライダー>の体が宙に浮いた。
仰向けになっている<トカゲロン>の腹めがけ飛び蹴りを放った。
「ゲッ…ギャッ…!」
<トカゲロン>が呻く。
しかし予想してはいたが、やはりそれ以上の効果は見受けられない。
自分の上に立つ<仮面ライダー>に、<トカゲロン>は尻尾を振るって反撃に出る。
ひらりと身を翻して避ける<仮面ライダー>を忌々しげに<トカゲロン>の瞳が捉える。
この巨大な野生の塊にも意志は有る。
その意志が、以前簡単に倒せたはずの相手への苦戦を許さない。
体をばたつかせ、益々その凶暴性が表に出てくる。
<仮面ライダー>を優に超える巨体で掴みかかろうと突進するが、<トカゲロン>より速い<仮面ライダー>はその腕を掻い潜りその腹目掛け猛ラッシュを見舞う。
腹の中で爆弾が動く不快感に堪えかね<トカゲロン>は今体内で揺れる爆弾を一つ吐き出す。
口からこぼれる様に出たそれは綺麗に足元に着地する。
だがそれを蹴るより早く<仮面ライダー>が背後に回りこんだ。
向こうはその巨体の為に方向転換は容易ではない。
そのまま背中に蹴りを入れ爆弾から引き離そうと考えた<仮面ライダー>はわずかに先に進む。
しかしその目の前に黒い何かが浮いてきた。
先程吐き出された爆弾だ。
足の爪で挟んで後ろへ放ったのだが、<仮面ライダー>にそれはわからなかった。
何故、と思ったわずかな隙を縫って<トカゲロン>が身を捻る。
それと同時に握り拳が向かってきた。
咄嗟にガードするが<トカゲロン>が拳で押した爆弾が<仮面ライダー>のガードを突き破って腹部に命中した。
思わぬ一撃に<仮面ライダー>が呻き声を上げる。
地面を転がり、何とか衝撃を緩和するが、その間にも<トカゲロン>は次の攻撃を終えた。
<仮面ライダー>の幸運は二つ有る、一つは爆弾を押し付けられた時爆発しなかった事、もう一つは下へ倒れた為に間一髪次の攻撃を避けられた事だ。
それまで<仮面ライダー>の居た空間を抜けた爆弾はそのまま道路に隣接した崖に直撃した。
爆発は崖を押し固めていたコンクリートを破壊し、その破片はそのまま<仮面ライダー>を襲った。
それに続けてコンクリートの奥の土砂が溢れてきた。一度バランスを失った土砂は雪崩の様に二人へと圧し掛かってきた。
わずかの間に大量の土砂が二人の居た辺りを何メートルにも積もっていた……。






もう夜も空けかけ、空がゆっくりと黒から青に変わってきた。
その光景を滝はじっと見ている。
今、彼は撤退する陽動部隊と合流し、その中の一台のジープの助手席でふんぞり返っていた。
<仮面ライダー>が<トカゲロン>を誘導し、そのまま去ってから数時間が経過しているが、未だに<仮面ライダー>からは連絡一つ無い。
二人が土砂に埋もれてしまった事など当然知る由も無い事だったが、滝は苛立って眠ってもいられなかった。
「滝さん、いい加減休んだらどうですか、<仮面ライダー>、いえ、本郷さんから連絡が有ったら私が代りに出ますよ」
「いや、俺は大した怪我じゃないしな。それに誰か見張りが必要だろう」
部隊の先頭を走るジープの後ろには同じ様に十数台の車両と装備と人を一度に運ぶ為の大型トラックが何台も付いてきている。
「何の連絡も無しか……」
「やられてしまったんでしょうか……?」
心配そうに呟く運転席の男の言葉に滝は足を組みなおす。
「馬鹿、<仮面ライダー>が負けるわけ無いだろ」
と、漏らした瞬間、急にジープが回転した。
驚いた滝だったがいきなり制御を失ったジープのハンドルを掴むと何とか立て直す。
停止して見ると自分達の周りでもジープやトラックが制御を失い酷い時は横転していた。
「おいおい、どうした?」
滝は何が起こったのかと運転手を見るとついさっきまで話していたはずの運転手は頭部を岩石でシートに押しつぶされて即死状態だった。
「なッ……!」
ガラスにも大穴が空いている事からこれが目の前からこの防弾ガラスを突き破ってきた事は明白だ。
滝はゆっくりと道路の先に目をやり、愕然とした。
「……<トカゲロン>」
いつの間にこんなに近づかれたのか、もうすぐそこに<トカゲロン>が立っていた。
泥まみれの体には少しも衰えない精気を溢れさせている。
相変わらず緩慢な動作の<トカゲロン>に、滝の隣で銃弾が乱射された。
後続の兵士が既に銃を持って駈けつけていたのだ。
しかし穴だらけになっても<トカゲロン>はびくともしない。
傷口から食らった銃弾を吐き出すとすぐに傷口は治癒してしまう。
生き残った車両が後退する中、対戦車ミサイルが発射される。
鈍重そうな<トカゲロン>ならよけられないと思ったのだが、その巨体からは想像できないほどあっさりと回避された。
逆に向こうは突進してくる形でこっちに迫ってくる。
先程までとは打って変わって逃げる暇さえ与えないスピードだ。
その手が滝の首にかかるのは文字通りあっという間だった。
一度ぐっと掴まれた首からは声も漏れなかった。
<トカゲロン>の力ならその首を折るどころか握りつぶして棒切れの如く細くしてしまう事など造作も無い事なのだ。
そしてその力が一気にかかろうとした瞬間、滝は遠くなる意識の中、煩く鳴り響くエンジンの音を聞いた。
その音に滝以上に敏感だったのは<トカゲロン>だった。
すぐに滝を放り投げ、背後へ振りかえった。
<トカゲロン>にはその音の主がわかっているのだ。
そして滝も仲間に引き摺られながら、バイクに乗った人影を見た。
「……本郷」
太陽を背にし、逆光で良く見えないが<サイクロン>は車体が凸凹になるほど傷んでいた。
黒いスーツの所為で確認は出来ないが<仮面ライダー>自身にも相当なダメージが有る筈だ。
「詰めを…誤ったな、<トカゲロン>…」
マスク越しに苦しげに声が発せられる。
「もしあのまま戦っていたら、消耗した俺は負けていただろう…しかし、お前が改造人間なら俺だって同じ改造人間だ。圧し掛かった地面から這い出す事だってそう難しい事じゃない。<サイクロン>を探すのには手間取ったがな」
<仮面ライダー>はそう言うと<サイクロン>のエンジンを吹かせた。
「本当に危なかったが代わりに正真正銘最後のチャンスだ」
<トカゲロン>までの距離は100mほど、その距離を走り切るにはわずかな間が生まれる。
相手の突撃に<トカゲロン>も必殺の一撃の構えを取った。
もう数少ない残弾の一つを吐く。
さっきは使うのを惜しんで石を投げたが、今度は本物だ。
爆弾を吐いた分軽くなった体は、普段よりも早く意志を行動に移す。
今日は何度も発射した分体が慣れている事もあって喉から出るまでの時間は一瞬で済んだ。
<仮面ライダー>はまだ半分の距離しか来ていない。
その残りの距離を<トカゲロン>の攻撃が電光石火の如く駆け抜けた。
今なお全力で加速している<仮面ライダー>に避ける余裕は無い。
有っても第二射にかかるだけだと<トカゲロン>は判断する。
そして今、目の前で赤い炎と黒い煙が上がるのを確認した。
速度を殺しきれず残骸が転がって来る。
倒した、と思った。
しかしそう思った直後に何かが夜を飛び越えて来たのだ。
反射的に<トカゲロン>がそちらを向くと誰かが宙に浮いていた。
彼は青くなってきた夜空の中で最も黒かった。
―――<仮面ライダー>だった。
爆発の前に<サイクロン>を蹴り、空に飛んでいたのだ。
本能的に爆発に目を奪われたのが仇になった。
もっとも、爆風により更に加速した<仮面ライダー>から逃れるのは相手を目で追っていても不可能な事だが。
目の前の光景に対し、<トカゲロン>は呆然としていた。
ただ空中で体勢を入れ替える<仮面ライダー>を見ている。
感覚は限界を超えて引き伸ばされ相手を捕らえているが自分の体はその動きより遅くしか動けない、意志よりも体は遥かに鈍かった。
「ライダ―――!キッ―――ク!!」
<仮面ライダー>の怒声を緊張した聴覚は皮肉にも正確に捉えていた。
喉の奥から必死に爆弾が押し上がって来るがそんなものはとっくの昔に手遅れだった。
ライダーキックが顔面に炸裂し、口まで何とか上がってきた爆弾は、ぎゅるんと音を立てて腹に戻っていく。
<仮面ライダー>を大きく上回る巨体は後ろへと勢いよく吹っ飛ばされていた。
空のジープに落下し、目が宙を彷徨った<トカゲロン>は『ライダーキックの衝撃』に安全装置の解除された爆弾が眩い閃光を放つのを見ることは無かった……。






「間に合ってなによりだ」
仮面を外した本郷の口から漏れた安堵の声に、隣に座る滝が苦笑を浮かべる。
「どいつもこいつも体は丈夫みたいでね」
二人を囲む様に集まっている全員が例外無く擦り傷だらけで中には骨折などの重傷者も居る。
しかし彼らの顔には痛みよりも安心感が見て取れる。
その時、車の無線機にコールが入った。
「どうやら終わったようだね」
無線機から田中二郎の声が聞こえてきた。
「はい、本郷は無事救出しました」
「知っているよ。それより早く帰って来ると良い、ショッカーの次の作戦の情報が入った」
無線機から聞こえてきた言葉に滝は思わず首を傾げた。
「全員クビじゃ無いんですか?」
「組織も人手不足でね―――それと、本郷さんに代ってくれ」
「何か用か?」
「いや、君が<トカゲロン>を倒した事を兄がわざわざ報告しに来たんでね。笑いながら悔しがっていたよ。しかし良かった、君がまた負けていたら全員クビで責任を取らなければならなかったんだ、私も含めてね」
笑いを吹くんだ声からは冗談交じりに
「それで、俺に何か有るのか?」
「君には別に依頼したい事が有る。出来ればすぐにでも来て欲しいのだが」
「……そうしたいが生憎<サイクロン>は壊れてしまった」
「―――本郷さん」
不意に滝が声をかけてきた。
「<サイクロン>なら大丈夫ですよ」
「何だって?」
首を傾げる本郷に、奥から兵士が近づいてきた。
その隣には一台のバイクが有る。
「敵から奪った物ですが、使えるんじゃないかと思って」
そのバイクは先日<ショッカ―ライダー>の使っていた物と同じ型だった。
傷も汚れも無いボディは、その白を太陽の光に輝かせていた。
「いけそうか?」
本郷は一度仮面を被ったが、そのバイクからは何の反応も無かった。
「駄目だな、調整すれば何とかなるかもしれないが」
しかし本郷はもう一度無線機を掴むと、
「聞こえていたか?足は確保できた。すぐに向かう」
そう言って無線機を放り投げると新<サイクロン>に飛び乗り、エンジンに火を入れた。
「本郷さん、無理しなくても良いんだぜ。少し休んでからでも……」
「滝、怪我なら問題ない。それに―――」
手袋を一度しっかりと嵌め直すとハンドルを掴み、
「<仮面ライダー>は無敵だ」
直後、新<サイクロン>は爆音と共に疾走した。
見る見るうちに加速したバイクは風を追い越し、<仮面ライダー>はあっという間に見えなくなった。




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